大リーグ、アストロズの青木宣親選手が6月11日のエンジェルス戦で日米通算2000本安打を達成



大リーグ、アストロズの青木宣親選手が11日のエンジェルス戦で日米通算2000本安打を達成しました。
日米通算2000本安打へあと2本としていた青木選手は11日、本拠地ヒューストンで行われたエンジェルス戦に9番・レフトで先発しました。

3回の第1打席はレフトフライでしたが、4回の第2打席は右中間へタイムリーツーベースヒットを打ち、2000本安打まで1本と迫りました。そして6回の第3打席で、2ボール2ストライクからの5球目の速球をレフト前にはじき返し、日米通算2000本安打を達成しました。

球場ではスタンドの観客が総立ちになって大きな歓声と拍手を送り、一塁ベースに達した青木選手は笑顔でヘルメットを取り、両手を上げたり頭を下げたりしてこたえていました。

アメリカ・米国のファンの方々は偉大な記録には惜しみない拍手を送るものですね。

ウルウルです。

青木選手は、8回の第4打席にもライト前ヒットを打って、通算安打数を「2001」としました。

青木選手は、この試合、4打数3安打1打点と今シーズン2回目の3安打を記録しました。試合はアストロズが6対12で敗れました。

青木選手は宮崎県出身の35歳で、早稲田大からヤクルトに入団し、プロ野球史上初となる2回のシーズン200本安打を記録するなど8年間で1284本のヒットを重ねました。そして入札制度のポスティングシステムを使っての大リーグ挑戦後は、ブルワーズをはじめ5つの球団で活躍し、大リーグ6年目で日米通算2000本安打を達成しました。
日米通算2000本安打を達成した日本選手は、マーリンズのイチロー選手などに続いて青木選手が7人目です。
2000本までの軌跡
青木宣親選手は宮崎県日向市出身の35歳。早稲田大では東京六大学野球のリーグ戦で首位打者に輝くなど同学年だった阪神の鳥谷敬選手らと活躍し、ドラフト4位でヤクルトに入団しました。

身長は1メートル75センチとプロ野球選手としては小柄ですが、巧みなバットコントロールと俊足をいかして2年目の2005年にイチロー選手以来2人目となるシーズン200本安打を達成し、新人王に加えて首位打者と最多安打のタイトルを獲得しました。

さらに2010年にはプロ野球史上初めてとなる2回目の200本安打を記録するなど、ヤクルトでは8年間で1284本のヒットを重ね、首位打者を3回、最多安打を2回、盗塁王を1回、それぞれ獲得し、中心選手としての活躍を続けました。

また、WBC=ワールド・ベースボールクラシックでは日本の2回の世界一に貢献するなど日本代表としても活躍し、2011年のシーズン終了後、入札制度のポスティングシステムを使って大リーグのブルワーズに入団しました。

青木選手は大リーグでも毎年100本以上のヒットを記録し、このうち2014年にはロイヤルズで132試合に出場して打率2割8分5厘をマークし、29年ぶりのワールドシリーズ進出に貢献しました。
ジャイアンツに移籍した翌年の2015年は頭に受けたデッドボールの後遺症に苦しみましたが、こうしたアクシデントを乗り越え、大リーグ6年目の今シーズン、5球団目となるアストロズで、日本選手では7人目となる日米通算2000本安打を達成しました。
「自分の野球の歴史に刻めた」
日米通算2000本安打を達成した青木宣親選手は、プロ野球の巨人や横浜で活躍した駒田徳広さんから渡された名球会のブレザーを着て試合後の記者会見に臨みました。

青木選手は「2000本安打が打ててうれしい。プロの世界に入って2000本安打は一つの目標だった。達成した瞬間は、プロ野球で打った最初のヒットを思い出した。自分の野球の歴史にこの記録を刻めたことは、本当にうれしい」と喜びを語りました。
イチロー 松井秀喜など 6人が達成
これまでに日米通算で2000本安打を達成した日本選手は、マーリンズのイチロー選手やヤンキースなどでプレーしていた松井秀喜選手など6人です。

イチロー選手は、大リーグ4年目となる2004年5月にマリナーズで日米通算2000本安打を達成しました。イチロー選手はその後もヒットを重ね、2008年7月に日米通算3000本安打、2013年8月にはヤンキースで4000本安打を達成しました。
さらに、大リーグ16年目の去年8月には、マーリンズで史上30人目となる大リーグ通算3000本安打を達成しました。

松井秀喜選手は、大リーグ移籍5年目、ヤンキースに所属していた2007年5月に日米通算2000本安打を達成しました。
また、楽天の松井稼頭央選手は、大リーグ・アストロズに所属していた2009年8月に達成。

このほか、ドジャースでプレーした中村紀洋選手や、ホワイトソックスなどでプレーしたロッテの井口資仁選手、それにカブスなどでプレーした阪神の福留孝介選手は、日本球界に復帰してから通算2000本安打を達成しています。

一方、広島で1996年から2年間プレーし、その後、1999年からヤンキースなどでプレーしたドミニカ共和国出身のアルフォンソ・ソリアーノ選手は広島時代に打ったヒット2本を合わせて2013年に日米通算2000本安打を達成しています。
日米通算2000本安打を達成した選手は名球会入りすることができますが、ソリアーノ選手は名球会入りしていません。
両親も記録達成喜ぶ
達成の瞬間を宮崎県日向市の青木選手の実家でテレビで観戦していたという青木選手の父親、人志さん(71)は「日ごろはヒットを打ってもあまり拍手はしないが、きょうは思わず拍手をしました。ご苦労さん、おめでとう、よく頑張ったと声をかけたい」と祝福しました。
そして「子どものころはずっと公園でボールに触っている野球少年だった。これからは記録うんぬんではなく、大好きな野球を楽しんでほしい」と話していました。

母親の香澄さん(65)は「子どものころは田んぼのあぜ道で寝るくらいよく寝る子で、大リーグに行ったあとは移動中には必ず寝るようにしていると言っていました。寝ることが頑張れている背景にあると思います」と話していました。
そして「よく2000本までたどりついたと思います。あとは思う存分、納得いくまで野球を続けてほしいです」と話していました。

また日向市役所では、これまで玄関に飾られていた2000本安打までをカウントダウンした紙が取り外され、「2000本達成おめでとう」と祝福する紙に張り替えられました。

★青木宣親とは
青木 宣親(あおき のりちか、1982年1月5日 - )は、宮崎県日向市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。MLB・ヒューストン・アストロズ所属。MLBでは2014年のみ登録名を「Nori Aoki(ノリ・アオキ)」としている。
NPB史上2人目のシーズン200安打達成者およびNPB史上唯一の2度のシーズン200安打達成者(2005年、2010年)。NPB歴代4位のシーズン安打記録(209安打)を保持する(2016年シーズン終了時点)。
妻は元テレビ東京アナウンサー、フリーアナウンサーの青木佐知(旧姓・大竹)、2児の父。

身長5' 9" =約175.3 cm
体重180 lb =約81.6 kg

●タイトル
NPB
首位打者: 3回 (2005年=0.344, 2007年=0.346, 2010年=0.358)
最多安打: 2回 (2005年=202本, 2006年=192本)
盗塁王: 1回 (2006年=41盗塁)
最高出塁率: 2回 (2007年=0.434, 2009年=0.400)
●表彰
NPB
新人王 (2005年)
ベストナイン: 7回 (外野手部門/ 2005年 - 2011年)
ゴールデングラブ賞: 6回 (外野手部門/ 2006年 - 2011年)
月間MVP: 3回 (野手部門/ 2005年8月, 2007年4月, 2010年9月)
優秀JCB・MEP賞: 1回 (2005年)
オールスターゲームMVP: 2回 (2006年第1戦、2009年第1戦)
オールスターゲーム・ベストプレー賞: 1回 (2010年第2戦)
フレッシュオールスターゲームMVP: 1回 (2004年)
連盟特別賞: 1回 (2005年) ※シーズン202安打のセ・リーグ新記録
セ・リーグ会長特別賞: 1回 (2005年)
●その他
WBCベストナイン: 1回 (外野手部門/ 2009年)
日向市民栄誉賞第1号 (2008年) ※黒木知宏と同時受賞
●記録
NPB初記録
初出場: 2004年7月17日、対読売ジャイアンツ15回戦(東京ドーム)、8回表に石井弘寿の代打として出場
初打席: 同上、8回表に中村隼人の前に遊撃ゴロ
初先発出場: 2004年10月6日、対阪神タイガース27回戦(明治神宮野球場)、1番・中堅手として先発出場
初安打: 同上、8回裏に安藤優也から中前安打
初盗塁: 同上、8回裏に二盗(投手: 安藤優也、捕手: 矢野輝弘)
初打点: 2005年4月5日、対中日ドラゴンズ2回戦(明治神宮野球場)、5回裏に朝倉健太から右翼適時二塁打
初本塁打: 2005年4月6日、対中日ドラゴンズ3回戦(明治神宮野球場)、1回裏に落合英二から中越ソロ
NPB節目の記録
1000本安打: 2010年7月4日、対中日ドラゴンズ11回戦(秋田県立野球場)、6回裏に平井正史から左翼二塁打 ※770試合目での達成はセ・リーグ歴代最速
NPBその他の記録
シーズン200本安打以上: 2回 (2005, 2010年) ※NPB記録
シーズン169単打 (2005年) ※NPB記録
外野手レンジファクター(RF/G)1位: 3回 (2005年:2.24 2006年:2.16 2008年:2.11) [106]
オールスターゲーム出場: 7回 (2005年 - 2011年)
●背番号
23 (2004年 - 2009年、2014年 - 2015年、2006WBC、2009WBC)
1 (2010年 - 2011年)
7 (2012年 - 2013年、2017WBC)
8 (2016年)
3 (2017年 - )
●登場曲
Numb - Linkin Park
カルミナ・ブラーナ (2008年)
Are yu ready - MINMI (2009 - 2011年)
シャナナ☆ - MINMI (2011年夏期)
ChaChaLaLa - Jim Johnston (2013年)
Right Round - フロー・ライダー ft. ケシャ (2014年)
Pump It - ブラック・アイド・ピーズ (2015年 - )
●代表歴
2006 ワールド・ベースボール・クラシック日本代表
北京オリンピック野球日本代表
2009 ワールド・ベースボール・クラシック日本代表
2017 ワールド・ベースボール・クラシック日本代表

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